破傷風
【破傷風】
破傷風菌(Clostridium tetani)が産生する破傷風毒素により強直性痙攣をひき起こす感染症である
[破傷風菌]
破傷風菌のGram染色
0.3x3μm程度のグラム陰性桿菌
土壌中やヒト・馬などの動物腸管内より検出される
ヒトの口腔内や耳道にも存在する。
侵入した芽胞は感染部位で発芽・増殖して破傷風毒素を産生する
→毒素はコリン系神経終末から取り込まれ神経軸索を逆行性に上行する。
脊髄や脳の受容体に強く不可逆的に結合することで神経伝達を阻害する。
[疫学]
1952年 破傷風トキソイドワクチンが導入
1968年 ジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン(DTP)定期予防接種開始以後、破傷風の患者・死亡者数は減少
30-50人/年であるが、依然として高い致死率(20~50%)
侵入部位が特定されていない報告事例(1999-2000年では23.6%)も多い
[臨床症状]
破傷風菌が産生する毒素
・ 神経毒(破傷風毒素:テタノスパスミン Tetanospasmin)
・ 溶血毒(テタノリジン tetanolysin)
→強直性痙攣の原因は、主に神経毒である破傷風毒素によると考えられている。
潜伏期間は3-21日
軽症:局所的なΓ運動の亢進。DZPのみで対処可能。
中等症:α運動系が直接影響を受ける。BZP+バルビツレートが必要。
重症:他の中枢神経系(大脳皮質や自律神経系)も障害される。
典型的な経過として4期に分類される。
第一期:受傷後5-7日後。開口困難による食物摂取不良、頸部硬直・寝汗など。
1-2日程度持続する。
第二期:顔面筋硬直により前額にしわ、破傷風顔貌を呈する。
開口障害、嚥下、発語障害、筋硬直や歩行障害など全身症状を呈する。
Onset
timeに相当し、重要な予後指標となる。
第三期:痙攣持続期間。
頚部・全身強直性痙攣、腱反射亢進、病的反射、クローヌスなど。
生命に最も危険な期間である。
第四期:全身性痙攣消失するも筋の強直、腱反射亢進、歩行障害は残存。
第一期から第三期までの時間(オンセットタイム)が48 時間以内
→予後は不良であることが多い。
交感神経過緊張により致死的な頻脈、不整脈、血圧の変動などを来すため注意深い観察と連続的なモニタリングが重要であり必要に応じてリドカインやβ blockerなどを用いた制御が必要となる。
[診断]
TIG 投与前の患者血清中の破傷風抗体価を測定し、免疫状態を推測することができる。 それが発症防御レベル(0.01 単位/ml )以上であるなら、破傷風でない可能性がある。
・ 創部培養には血液寒天培地を用いた嫌気性培養を行う。
培養2-3日後辺縁の粗雑なコロニーが生成される。
破傷風菌の同定は時間を要する上に、同定率は50%以下と報告されている。
(岡本充浩. 日口外誌 2009; 55: 495-499)
診断には臨床症状や外傷歴が重要となるが、約10-30%では明らかな外傷歴を伴わない。
(小野倫嗣. 耳喉頭頸 2009; 81: 601-603)
[鑑別診断]
心因性痙攣
抗精神病薬や制吐薬による急性ジストニア
Stiff-person症候群など
・筋緊張の異常
(1)痙縮 spasticity
受動運動開始時に強い抵抗が見られるが、すぐに抵抗が減弱するもの。
折りたたみナイフ現象と呼ばれる。
上位MN徴候で、脊髄伸張反射の更新に伴う筋緊張亢進が原因。
脳出血・中枢神経変性/脱髄疾患・外傷など
(2)強剛 rigidity
受動運動に際して一貫して抵抗を認める。
抵抗が不変の鉛管様筋強剛(lead-pipe rigidity)と抵抗が細かく中断される歯車様筋強剛(cogwheel
rigidity)に分けられる。
基底核と補足運動野の障害により作動筋と拮抗筋の調節不良を生じる。
Cogwheel rigidityはPDに特異的とされる。
(3) 全身筋強直症候群(Stiff-person
syndrome)
脳幹及び脊髄運動ニューロンを病変部位とする慢性進行性の症候群。
全身の筋攣縮、筋強直を呈する。
約60%に抗グルタミン酸脱水素酵素(GAD)抗体が認められる。
胸腺腫などに合併する傍腫瘍症候群の一つで自己免疫疾患に位置付けられる。
(4) 強縮(tetanus)
破傷風菌が産生する神経毒素が中枢の運動抑制ニューロンに作用し引き起こす。
・ミオクローヌス
ミオクローヌス(myoclonus)は中枢神経系の機能異常による突然の電撃的な四肢・顔面・体幹などに生じる意識消失を伴わない不随意運動である。
(Shibasaki H. Muscle Nerve 2005;31:157-174)
陽性ミオクローヌス(positive myoclonus):不規則かつ不随意な突発性の筋収縮
陰性ミオクローヌス(negative myoclonus):不随意に筋収縮が突然停止する
混合性ミオクローヌス:陽性+陰性
Fasciculationとは異なり複数の脊髄運動ニューロンの同時発火を伴う。
Tremorとは異なり作動筋と拮抗筋が同時収縮する。
原因部位による分類
(柴崎浩. Clin Neurosci
2012;30(7):746-749)
機序による分類
(上山秀嗣. 治療 2014;96(11):1598-1601)
[治療]
1. 予防
災害対応者・旅行者では破傷風トキソイドワクチンの接種が推奨される。
外傷患者では重症度に応じて破傷風トキソイドワクチンまたはヒト破傷風免疫グロブリン(TIG)の投与が推奨される。
* 破傷風トキソイド 0.5ml 皮下注or筋注
* テタノブリン(TIG) 250IU div, 重症外傷では1500IU div
2. 発症後の治療
(1) 冷暗所で安静
音、光、温度、体動などの刺激で手動筋・拮抗筋が同時に収縮。
これにより呼吸不全・肺炎・消耗をきたす。
(2) 気道確保
気道確保の必要性を判断し、必要な場合には鎮静・筋弛緩下で気管内挿管を行う。喉頭痙攣や気管支攣縮のリスクがあり熟練したものが行う必要がある。
(3) 感染部位の確認とデブリドマン
膝より遠位の下肢で47.7%
肘より遠位の上肢で18.9%
(海老沢巧. 日本医事新報社 2005; 2:25-30)
感染部位が特定されたらデブリドマンを行う。
(4) 抗毒素の投与
TIGは組織に結合していない血中の遊離毒素を特異的に中和することができるが、既にシナプス週末に結合した毒素を中和することができない。
→早期投与が望ましい
外傷患者では1,500~3,000単位を1 回静脈内投与する。
TIG 3000Uを静脈内投与したのち速やかに血中濃度は1.8IU/mlに達する。
広範囲熱傷の患者では3-4日後に再度同量を投与する。
* テタノブリン(TIG) 3000U div
(5) 破傷風トキソイドの投与
破傷風感染者でも抗体は産生されずトキソイドワクチン接種の必要がある。
TIGを筋注した場合にはトキソイドは離れた場所に筋注する。
* 破傷風トキソイド 0.5ml 皮下注or筋注
(6) 抗菌薬
ペニシリン、メトロニダゾール、ドキシサイクリンに感受性を有する。
メトロニダゾール投与群ではペニシリン投与群に比べて筋弛緩・鎮静薬の使用が少量ですんだと報告されている。
ペニシリンの中枢性GABA受容体拮抗作用が発現し、症状増悪因子となる可能性が示唆されている。
* アネメトロ(メトロニダゾール) 500mg p6hrs
(7) 鎮静薬
一般的にMDZ持続投与が行われる。
ジアゼパムも有効である。
* ドルミカム 2mg/hrで開始。
症状に合わせて0.18mg/kg/hrまで増量可能。
脂肪組織に分布し、鎮静終了後も効果遷延の可能性あり。
使用はなるべく短時間とする。
(8) 筋弛緩薬の投与
鎮静薬では不十分な筋のスパスムを抑制するために用いる。
気管内挿管管理下で使用。
1日1回は中止し症状を確認する。
(9) ラベタロール
自律神経症状に対してαβ-blockerであるラベタロールが用いられる。
* ラベタロール(トランデート®︎) 150mg3x
(10) 硫酸マグネシウム
シナプス前作用性の神経筋伝達阻害
CA神経終末の放出阻害
CAの受容体反応性減弱
→自律神経障害を改善する。
スパスム抑制に必要な他の薬剤の使用を優位に減少させた。
人工呼吸の必要性には関与しない。
心停止などの重篤な副作用も報告されており、慎重に投与を検討する。
* 硫酸マグネシウム 40mg/kg 30minでloading。その後2g/hrで持続投与。
[予後]
生存した場合の後遺症は少ない。
予後不良因子
・ onset time 48時間以内
・ incubation period 7日未満
・ 侵入経路(臍、熱傷、子宮内、開放骨折、外科手術)
・ 筋硬直、痙攣重症度
・ BT 38.4度以上
・ 頻脈(HR 120以上)
・ 高血圧(SBP 140以上)
・ ワクチン接種歴なし
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