プリオン病 Case 27-2005: An 80-Year-Old Man with Fatigue, Unsteady Gait, and Confusion

Case 27-2005: An 80-Year-Old Man with Fatigue, Unsteady Gait, and Confusion

[presentation of case]
4週間前まで元気に生活していた80歳の男性が、不安定歩行、易疲労感、錯乱、不眠、頻回な欠伸を主訴として入院した。入院3週間前に近医を受診したが、身体診察および一般的な血液検査の結果は正常範囲内であった。頭頸部造影CTでは脳室高吸収及び脳室周囲の低吸収、左尾状核に陳旧性ラクナ梗塞、脳血管にアテローム性動脈硬化を伴った、びまん性脳萎縮の所見であった。心電図はHR51で正常範囲内であった。入院10日前に施行された経眼窩的ドップラー検査では左内頸動脈及び右頸動脈分岐部に微小な病変を認めたのみであった。

直近の夏にケープコッドを訪れた際にマダニにかまれた。
ここ数年でフランス・イギリスに訪れている。

既往歴としては、高血圧・高脂血症・動脈硬化。
小児期にリウマチ熱に罹患している。20年前にTIAの既往があるが、現在は症状なし。戦争を契機に慢性の聴力低下、筋力障害、感覚障害を来している。右内眼角の基底細胞がん
に対して放射線治療をうけた。右目白内障に対してレンズ挿入術を施行されている。

患者の父は心血管障害で80歳の時に死亡している。母の死因は不明。兄弟のひとりは悪性リンパ腫に罹患しているが、生存。姉妹の一人は統合失調症、その他の兄弟姉妹には特記すべき事項なし。二人の息子にも特記すべき事項なし。

本人は未亡人・独居。
セミリタイアしたビジネスマン。
アルコール:1−2/
タバコ:だいぶ前にやめた

内服薬:アスピリン アルトバスタチン リシノプリル(ACEI マルチビタミン

血圧147/81mmHg, HR 61, RR 18, BT 36.3℃, SpO2 98%
胸骨右上縁にⅠ/度の収縮期駆出性雑音を聴取。
患者は直線上歩行が困難であった。
その他一般的な身体診察は正常であった。

神経内科の報告によると、患者の意識ははっきりしており、見当識は保たれ、錯乱状態はみられなかった。
検査によって数回持続する左右側方注視性および疲労性眼振が現れ、右足とふくらはぎのあらゆる刺激に対する感覚低下と継ぎ足歩行の際の軽度運動失調も認められた。ロンベルグ試験は陽性であった。


ひどい不眠と血圧上昇(166/77mmHg)を認めたためヒドロクロロチアジド(25mg)が投与された。

入院2日目には間欠的に意識状態の変容が認められると気づいた。その夜は睡眠できなかった。入院3日目には腰椎穿刺が施行され初圧は14cmであった。脳脊髄液は無色透明で糖は64mg/dlであった。蛋白は65mg/dlであった。細胞数はRBC 1/1視野, WBC 1/1視野で好中球25%、リンパ球50%, 単球25%であった。グラム染色・培養ともに陰性であった。細胞診も陰性。梅毒・単純ヘルペスウイルス・CJDも否定的であった。

MRIではびまん性の脳萎縮、散在性白質病変、陳旧性ラクナ梗塞の他、前頭葉、右側頭葉皮質、尾錠核にDWI 低信号領域を認めた。

脳波では右半球に持続的な徐波を認め、特に前頭葉領域で顕著であった。てんかん波は認めなかった。

患者は入院3日目に内服薬を継続するよう指導され退院した。

退院5日後外来で不眠に対してロラゼパム1mgが開始されたが、朝の眠気が増強し、家族の話では歩行障害が増悪している印象とのこと。身体診察上見当識障害も増悪していた。Finger to Nose Testでも不安定、RAM動揺、タンデムは不可能であった。ロラゼパムが中止され不眠に対してはゾルピデムを開始した。

翌週になっても歩行の不安定性及び意識変容は増悪傾向であった。Vit B12416pg/ml ホモシステインは8.9μmol/l。ライム病の検査も陰性であった。ウエストナイルウイルスに対する迅速アレルゲンテスト、PCR、各種抗核抗体、甲状腺機能は正常範囲内であった。胸部から骨盤部のCTでは悪性腫瘍を認めなかった。

不眠に対してハロペリドール及びロラゼパムが開始された。

退院13日後には不眠、不穏が悪化し、30秒ほど持続する意識欠損を伴わない全身性けいれんを来すようになった。発語が緩慢になり、左側上下肢の動作時振戦、羽ばたき振戦、失調性振戦を認めた。ハロペリドールを中止し、クエチアピン、
オクスカルバマゼピン(CBZ)が開始された。

2日後に再入院となった。入院時のバイタルサインは正常範囲内であるが、ひどい眠気があった。見当識障害があり、発語は緩慢、動揺性であり、左側優位の動作時振戦を認めた。上肢にミオクローヌス、下肢には筋緊張亢進をともなった繊維束性攣縮を認めた。立位保持は困難で歩幅の広い不安定な歩行であった。左のfinger to nose試験では失調あり。

中毒の検査も陰性。MaTa1 and 2抗体、CV2抗体、抗プルキンエ細胞抗体、抗RI抗体陰性、ミオクローヌス抗体、
傍腫瘍症候群も否定的であった。尿中ポルフォビリノーゲン・アミノレブリン酸は陰性であった。

入院3日目にはリバスチグミンが開始された。二週間後無動、発語困難が進行し、体温は38.5まで上昇した。薬物療法が中止され、入院23日目に患者は死亡した。

患者野初回入院時に行われた頭部FLAIR法パルスシーケンスMRIが大脳溝と脳室の拡張を伴う脳実質組織の喪失を示していた。多発性の信号異常が白質に認められたが、この年齢の患者に一般的に認められる非特異的所見であった。DWIでは拡散減弱した領域は多巣性で、皮質外套と同様に大脳基底核を巻き込んでいて、それは、両側の大脳半球と大脳皮質のあらゆる部位に認められた。

要約するとこの男性はCJDであったと考える。
発症年齢が遅い事、不眠が顕著であること、劇症の経過をたどった事がこの症例を非典型的なものとしているが、孤発性のCJDの特徴的な海綿状の病理所見が確認されるだろうよ推測する。

CJDが疑われる症例の1/10は生検を行う。
初期には診断がつかないことが通常であるが数ヶ月のうちには明らかになる。治療方針の考慮または社会的状況のために初期の段階での生検の適応があるかもしれない。小規模の皮質の生検はごく簡単で安全である。しかし、罹患の恐れが
あるため神経外科医に生検をおこなうように、また病理医がそれを検査することが必要である。

大脳皮質は広範囲であるが、巣状の海面上変化を来していた。最も顕著だったのは皮質深層部で神経細胞体や樹状突起の中に空胞が発生していた。海綿状変化は線条体や小脳皮質ににびまん性に存在していた。

これらの特徴はプリオン病と診断できるものであるとする。視床と下オリーブ核における高度のニューロン欠損やグリオーシスといった致死性家族性不眠症と致死性孤発性不眠症の特徴は存在しなかった。これらは2つの病気を除外することとなる。

脳組織のサンプルは国立プリオン病解析センターに送られた。そこで実施された組織学的診断を補うべき免疫組織化学的検査および生化学的検査はプリオン蛋白の正常の細胞型と病原型における違いに基づいて行われた。

固定された組織は正常プリオン蛋白を取り除くための処理をしてからプリオン蛋白のための免疫組織化学染色で染色された。小脳と大脳皮質に免疫陽性反応が観察された。すなわち異常プリオン蛋白の存在が示され、従ってCJDの診断が確定された。


患者の英国旅行歴から患者の症状が変異型CJDに相当するかという疑問が生じる。神経病理学的に変異型CJDはフロリド斑が検出されるという点が定型型CJDとは異なっている。斑は有芯で細繊維で縁取られており芯も縁も異常型プリオン蛋白を含んでいる。斑は大脳皮質に多く存在し集まる経口がみられしばしば著しい海綿状変化の中心部を形成する。これらの変化はこの症例の所見とは異なる。

  プリオン病
プリオン蛋白が関与する致死性伝播性疾患
ヒトは    (1)CJD
                (2)Gerstman-Straussler Syndrome
                (3)致死性家族性不眠症
などに代表される。

(1)  CJD
ヒトプリオン病の80%を占める。日本での発症は100/年程度。
発症年齢:20-70
性格変化・異常行動・知能低下・皮質性視覚障害・運動失調などで発症
亜急性に進行。
ミオクローヌス、錐体路徴候、パーキンソニズムなどが加わり平均4ヶ月で失外套状態、除脳硬直状態となり通常2年以内に死亡する。
検査所見:血液検査・髄液検査では特記すべき所見を認めない
ときに髄液中蛋白上昇。髄液中NSE, 14-3-3蛋白が発症初期から上昇する。
脳波では病初期には基礎律動の不規則性を認め、ミオクローヌスが出現する時期になると周期性同期生放電(PSD)を認めるようになる。徐波化のみのこともある。
頭部CTでは病初期では特記すべき所見を認めないが、症状の進行とともにびまん性脳萎縮及び脳室拡大を来す。DWIでは大脳皮質・基底核に高信号域を認め、PSDよりも早期に出現するため、早期診断に有用である。
SPECTでは比較的早期より大脳の血流低下を認め、症状の進行とともに大脳全体が急速に血流低下する。
病理所見:神経細胞の脱落トグリオーシスとともに海綿状変化が高度になる。
治療:治療方法はない。対症療法にとどまる。

(2)   Gerstman-Strausser Synd
頻度はCJD1/10以下。小脳失調症状及び認知症を中核とする症例が多い。常染色体優性遺伝が多く、発症年齢は40-60代。
進行は緩徐で発症から死亡まで数年を要する。
PSD欠如症例が多く、病理ではKuru斑が必発する。

(3)  Fatal familial insomnia
入眠困難・睡眠維持困難・夢体験を伴う突然の睡眠などを初発症状とし、治療抵抗性の不眠及び自律神経症状(高体温・発汗・頻脈などの交感神経症状)を来す。経過中にミオクローヌスや構音障害、嚥下障害、運動失調、高度記憶障害、けいれんなどが加わるが、感覚障害は認められない。1年以内に昏睡状態に陥り、通常二年以内に死亡する。通常20-70歳で発症。常染色体優性遺伝形式をとる。
検査:血液検査では特記すべき所見なし。髄液検査では蛋白量が中等度増加。
脳波は徐波化傾向を示すが、PSDはみられない。CT/MRIでは脳室拡大を伴うびまん性脳萎縮の他特記すべき所見なし。睡眠ポリグラフでは正常睡眠とREM睡眠の著名な減少がみられる。
病理:海綿状変化や異常プリオン蛋白の沈着はまれ。
治療:根本的な治療方法はなく、対症療法にとどまる。

コメント

このブログの人気の投稿

脳梗塞の分類 TOAST(ATBI, A to A, aortagenic, CE, ESUS, paradoxical, lacunar, BAD)

筋電図の読み方 改定2017

除皮質硬直と除脳硬直